ぽとぽとはらはら 8
     伊神 権太

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8.
 令和元年十月十一日の午後。金曜日。今宵は確か十三夜のはずである。
 満はマイカーで木曽川河畔に広がるフラワーパーク江南へ、と向かった。駐車場に車を置くと、入り口部分に立つ国営木曽三川公園、江南花卉園芸公園、フラワーパーク江南の石柱三本を横目にパーク内に足を踏み入れた。まず視界に入ったのは、入り口部分の広いスペースに置かれた何脚もの木製ベンチである。満は、トクトクと動悸を打つ胸の鼓動を感じながら、園内に一歩一歩足を踏み入れていった。
 空を仰ぐ。そこには青が広がっており、白い雲が何も言わないで幾筋も浮かんでいる。秋風が頬にひと筋ふわりと当たり、どこかに消えていった。美智からの手紙には午後二時にお待ちします、とあったが、どこで待つとは書かれてはいない。こんなに広いのに。待ち合わせの場所がわからない。だから、それらしき女性を歩いて探すほかない。満はそう自らに言い聞かせ、も一度空を仰ぐと広い園内を一歩ずつ歩き始めた。水辺の花壇を横目に散歩道をしばらく歩く。水の庭、風の庭、果実の庭、香りの庭……。いろいろある。これまた風車みたいな木製表示板を通り越したところで五十歳前後のカップルと出会い、コンニチワとだけ言い、互いに会釈してすれ違う。


赤い花々が幻想的な雰囲気をかもし出していた
(赤い花々が幻想的な雰囲気をかもし出していた 撮影・たかのぶ)


〈本物の人間でありたい〉フラワーパーク一角にはこんな表示も
(〈本物の人間でありたい〉フラワーパーク一角にはこんな表示も 撮影・たかのぶ)


 それにしても。美智はこの広いパーク内のどこにいるのか。歩いて散策を楽しんでいるのは高齢夫妻が多く、次に中年カップル、そして若い世代もチラホラといったところか。既に午後一時五十分を過ぎており、このまま美智らしき女性が見当たらなければ引き返すほかあるまい。小学生のころの姿、形なら何とはなしにまだ覚えているのだが。どうしようか―と思い引き返そうとした、まさにその時だった。
 弾力のあるやわらかな手が肩に乗っかかり、ポンポンポンと三度にわたって触れ「ミ、ツ、ル。み・つ・るでしょ」の声が後ろの背中の方からした。振り返ると紛れもなく、あのころそのまま、少女然とした美智が目の前に立っているではないか。夢まぼろしとは、このことを言うに違いない。満は、ただうなづくだけで涙の滴が滝の流れのように怒涛となって落ちてくるのを感じたのである。「会いたかった」と。そう言ようとしたら、美智の方からハンケチを手に「ミ、ツ、ル。み・つ・るでしょ。よお、がんばってきたね。あたし。会いたかったよ」とだけ言い、あとはふたりとも声にはならなかった。満は愛用の黒のズボンに黒のカーディガン、中はギンガムチェックのシャツを着、美智は花柄のブラウスに丈が少しだけ長めなワインレッドのジャケットに身を包んでいた。
 満と美智はそれから近くの木製ベンチに座り、時折、頬をなでるようにわたる風を受けながら小学校(古知野北)を卒業してから歩いてきたそれぞれの道についてポツポツ、はらはらと語りあったのである。
 満が私学に入り中、高と青春時代はほぼ柔道の稽古ひと筋に生き、そのためもあってか。大学受験では国立大に見事に落ちてしまい随分心が傷つきはしたが、幸い私学に運良く合格。そこでも柔道一直線に励み、二年に講道館柔道の三段を取得。軽量級でインタハイの候補選手になったり、オールミッションの大学選手権では優秀選手賞にも輝き、その後は夢にまであこがれ続けていた新聞社の試験に運良くパスして記者になれた。でも、記者になってからが、それこそ大変だったこと―などを話すと、美智は美智で中学を卒業と同時に家庭の事情もあって、アパレル業界に就職。その後はしゃにむに働き、いろんな紆余曲折こそあったけれど実直な夫にもめぐり逢い、子を授かって今は孫にも恵まれて平々凡々楽しく過ごしていますよ、と。そんなようなことを言って聞かせてくれた。


コスモスの向こうにはベンチが置かれていた
(コスモスの向こうにはベンチが置かれていた 撮影・たかのぶ)



清流のせせらぎも心地よいフラワーパーク江南
(清流のせせらぎも心地よいフラワーパーク江南 撮影・たかのぶ)


 そして満のこととなると、昭和五十年代に新聞やテレビなどを騒がし世の中を動かすほどに大きな事件があるつど地元紙で満の署名入り記事をよく見かけ「あぁ、ミツルは新聞記者なのだ。わたしも頑張らなきゃ、って。いつも勇気を与えられ、ここまできたんよ」とも話してくれた。これら数々の記事のなかでも彼女の心を大きく揺さぶったのが岐阜県庁汚職事件と稚内の大韓機撃墜事件、そして長崎大水害だったという。県庁汚職では逮捕直前の容疑者を追跡し新幹線羽島駅ホームで直撃インタビューし、その模様が夕刊トップで満の写真入りで特ダネとして報じられたのだった。

 「あれいらい、なぜだか。あたしの中でのミツルの存在が異常なほどに大きくなってしまい。あのころはお客さまに勧められるまま、たまたま社交ダンスを習い始めていたころで。ミツルがこんなに頑張っているのだから。あたしもやらなきゃあ―って。なんだか闘争心のようなものにかられたの」と語り続ける美智。満は、そんな美智を目の前に小学生のころのあのちょっと威張ったような、おしゃまな女の子を思い出すのだった。無心で話す美智を目の前に満はどんどんと小学生に戻っていく自分を感じていたのである。

【9へ続く(不定期で連載していきます)】



著者・伊神権太さん経歴
元新聞記者。現在は日本ペンクラブ、日本文藝家協会会員。
脱原発社会をめざす文学者の会会員など。ウエブ文学同人誌「熱砂」主宰。
主な著作は「泣かんとこ 風記者ごん!」「一宮銀ながし」「懺悔の滴」
「マンサニージョの恋」「町の扉 一匹記者現場を生きる」
ピース・イズ・ラブ 君がいるから」など。





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