連載小説『ぽとぽとはらはら』12

2020年4月2日

ぽとぽとはらはら 12
伊神 権太

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12

(すっかりクリスマス気分の江南駅前のイルミネーション 人々はこの光りの海を見ながら名鉄を下車後、家路を急ぐ 撮影・たかのぶ)
(すっかりクリスマス気分の江南駅前のイルミネーション 人々はこの光りの海を見ながら名鉄を下車後、家路を急ぐ 撮影・たかのぶ)

   午後2時過ぎ。こんどは愛称の自己紹介が始まった。
   みな楽しそうだ。満は、この町にきて「よかったな」と思い、傍らの〝和尚〟をみやると、彼は目をほころばせて大きくうなづいた。

「では、〝ドデンさん〟から」のキリコの指名に、ドデンさんは自分自身の顔に親指をたててキリコに確認後、座ったままおもむろに口を開いた。
「あのね、あたしがドデンっていわれるわけはね。このお店の椅子に座ったら、しばらくは座ったまま。立とうとしないからなの。でもネ、大のドラゴンズファンの夫がこの間までお店近くにバローがあった時は文句ひとつ言わず、駐車場に車を止め買い物帰りにここに寄るあたしを待っていてくれた」
「次、コンドルさん」とキリコの声が飛ぶ。
「あのね。あたし。実を言うと滋賀から嫁いできた異国の女なの。それでね。私が両手を広げて歩く姿がマチュプチュの空を飛ぶあの平和の使者コンドルみたいだって。でもサ。あたしは、いつだってわがふるさと琵琶湖の湖上をカイツブリになって飛んでるつもりよ。それから。あたし、苦労してここまできた歌手三山ひろしさんが大好きなん」と彼女。
   引き続き、キリコにシャキットさん、と促されて頷いた彼女はスックと立ち上がるや、その場にいるみんなを見下ろすようにして「私、夫とは死別しました。でも、負けやなんかしないわ。いつもシャキッとして生きています」と姿勢を正した。

   自己紹介はキリコの指名で粛々とつづいていく。
「あたし、愛車で岡地証券まで株の売買で来るつど、このお店にも寄らせて頂いてます。家は木曽川の向こうの川島で愛岐大橋を渡ってきます」と相場師さんが言えば「この店にいるとイライラが解消し気持ちがスッキリするの」と、少し大柄で大相撲の力士を連想させる、まゆみちゃん。
「私、名古屋の錦で飲み屋の女将をしてますが、このお店はホントに値打ちで質の高い衣類が安く、それも手広く揃えてあるので。一カ月に一度か二度は来ます」と錦のママが声をつないだ。
   次いで話しだしたのは、満90歳を目の前にきりりとした口元の眼光鋭く松本清張を思わせる女性である。今は満と同様、高屋の臨済宗妙心寺派永正寺さんを拠点に幅広い文化芸術活動を推し進める市民グループ〈尾張芸術文化懇話会〉メンバーの一人で自らの空襲体験をもとに小説〈原爆も原発 どっちも同じ〉をつい最近「OFF 第2号(脱原発社会をめざす文学者の会・編)」に発表し、平和の尊さを訴え続けるソノコさんである。彼女は、かつては英語教師としてこの町で長年、英語を教える一方、日本語すなわち国語の基本をしっかり学ぶことこそが大切。母国語ひとつこなせないで正しい英語を話せるわけがない、というのが持論だ。

   愛称の自己紹介は、さらにマリちゃんにカラオケさん、タコさん、かぐや姫…の順に続いたが、満も和尚もいずれ劣らぬ迫力には圧倒される思いで聞き入り、そのつど腕を組み、天井をあおいで頷くのであった。それにしても、この熱心さ。情熱はどこからくるのか。一見死んだようにしか見えないこの町にこんなにもエネルギーに満ちた人々が、こうして目の前に居並んでいること事態を不思議に思う。

   愛称の自己紹介も終わりに近づいてきた。
   意を決したように立ち上がったのは、何を隠そう。美智だった。
「あたしの愛称はミチです。ここのママさん、こずえさんは可愛い妹も同然、大切な方です。何年か前でした。ふらりと入ったこのお店で私は急に気持ちが悪くなり、吐き気と頭痛を催して店内で倒れてしまいました。あとで知りましたが、脳出血でした。あのとき、こずえさんが救急車を呼んでくれ、病院まで付き添ってくださったばかりか、入院中も何かと看護をしてくださり、私は発見が早かったのとこずえさんの機転で九死に一生を得て、運良くここまで回復したのです。
   そんなわけで、社交ダンスは退院後、リハビリを兼ねて始め、レッスンの過程で同じダンス仲間として、ここにおいでになる和尚さん、いや祥司さんに出会いました。それからというもの、和尚さんはいつも私のことを気遣ってくださるばかりか、奥様のひろこさまにも随分とよくして頂いてます。このお店〝れもん〟は、私にとっては【命のビザ】同然と言っても好いのです。こずえママ。そしてミツル、和尚さん。本当にありがとう。こずえちゃんが居なかったらあたしは既にこの世にはいなかったはずです」

(涙ぽとぽと…、店内では美智が自己紹介しながらうすらに涙を浮かべる場面も【〝れもん〟のその夜のイメージ写真】 撮影・たかのぶ)
(涙ぽとぽと…、店内では美智が自己紹介しながらうすらに涙を浮かべる場面も【〝れもん〟のその夜のイメージ写真】 撮影・たかのぶ)

(れもんの店内では自己紹介のあと、クリスマスソングが流れるなか、【きよしこの夜】の催しも。 撮影・たかのぶ)
(れもんの店内では自己紹介のあと、クリスマスソングが流れるなか、【きよしこの夜】の催しも。 撮影・たかのぶ)

   美智の自己紹介は異色とも言え、満と和尚は彼女がなぜ、ふたりを「れもん」に誘ったのかが、その時初めて分かった。その日、全員の自己紹介が終わった店内では、梢の計らいもあって〈きよしこの夜〉などクリスマスソングをみんなで歌ったのである。

   そして。コンサートのあと、参加者は皆、店先でいち早くサンタさんの姿で番人を務めるクマさんに笑顔で一礼。一様に頭をなで「おまえも頑張れよな」と声をかけ、満足そうな表情で家路についたのである。

(雨の日も風の日も きょうも店頭に立ち続ける〝れもん〟のマスコット、クマさん人形 撮影・たかのぶ)

(雨の日も風の日も きょうも店頭に立ち続ける〝れもん〟のマスコット、クマさん人形 撮影・たかのぶ)

【13へ続く(不定期で連載していきます)】

著者・伊神権太さん経歴
元新聞記者。現在は日本ペンクラブ、日本文藝家協会会員。
脱原発社会をめざす文学者の会会員など。ウエブ文学同人誌「熱砂」主宰。
主な著作は「泣かんとこ 風記者ごん!」「一宮銀ながし」「懺悔の滴」
「マンサニージョの恋」「町の扉 一匹記者現場を生きる」
ピース・イズ・ラブ 君がいるから」など。

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