連載小説『ぽとぽとはらはら』11

ぽとぽとはらはら 11
伊神 権太

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11.
   空には何と夥(おびただ)しいほどの晩秋の雲が光り、先を争い我先にと風に流され、渦となって飛ぶ如くに走っている。雲と雲が、青と白をバックにおしくらまんじゅうをしている。そんなようにも見える。

晩秋の空は、その時々によって穏やかになったり怖くなったり顔をかえる 撮影・たかのぶ

晩秋の空は、その時々によって穏やかになったり怖くなったり顔をかえる 撮影・たかのぶ
(晩秋の空は、その時々によって穏やかになったり怖くなったり顔をかえる 撮影・たかのぶ)

   木曽川の昼鵜飼観覧から1カ月ほどがたったその日、美智と満と〝和尚〟は社交ダンスのレッスンを終えたその足で満たちの出身高校近くの食事処「ルンバ」に寄ってみた。その日は満が所属するダンスクラブのレッスンを市内の文化会館で美智と和尚が共に体験、レッスンを終えた、その足で一緒にお茶を、と約束していたからだった。
   というわけで、満はその日初めて、和尚が美智と共に踊った、流れるようなタンゴやワルツ、ブルース、ジルバ……を目の当たりにした。和尚も、美智も。こんなにもすてきなステップを踏める男と女だった、だなんて。中高校時代の男友だちがまさか、こうして自分の目の前で、それも俺の小学生のころの初恋の子とこれほどまでに華麗に、だ。一体、だれが想像しただろう。
   すべてを忘れでもしたように、無心に踊る女と男。女は最近流行りの信楽焼のスカーレットにも似た緋色のワンピースを、男はジーパンに紺色カーディガンを羽織る、といった装いである。時折、少しおぼつかなくはあるものの姿勢を正しくして胸を張って軽快に踊るふたり。その柔らかで笑みさえ含んだ楽しそうな表情に、満はこれまでに味わったことのない全身の高ぶりを感じ、熱情のようなものを抑えきれないまま見守ったのだった。
   こんなに激しく、抑えようのない気持ちに陥るだなんて。満はなんだかシャル・ウイ・ダンスか何か、映画のワンシーンの中に解き放たれ、主人公にでもなったような、もうひとりの自分を感じ思わず照れ笑いを浮かべるのだった。

   「ルンバ」で雑談を交わしながら食事を終え、紅茶を飲み終えると美智が突然、満と和尚の前に向き直ったかと思うと「あのぅ。少しだけでよいですので付き合ってほしいお店があります。一緒に来てくれたら嬉しいのですが」と遠慮がちに口を開いた。ほかでもない彼女のことなので満も和尚もひとつ返事で「ああ、いいよ」と答え、向かった先は、高校時代によく歩いた愛栄通りだった。そして近くの駐車場に車を止め三人が歩いた先はといえば、美容院や野菜販売の店などが軒を連ねた一角にあるリサイクルショップだった。

   満は店内のノレン「れもん」を目の前にするや、アッと驚いた。
「れもん」は、何を隠そう。妻の梢が営むリサイクルショップなのである。あぁ~、それなのに梢にだけは、美智の存在を知られたくなかったのに、と。内心そう思いつつ、店内に入ると、美智が梢に向かっていわく「きょうは、ご主人連れてきたわよ」と言うではないか。一体全体、ふたりはどこで知り合ったのか。そればかりか、店内には大勢のお客さんがおり、客が入れ代わり立ち代わり出入りしており、ここに関する限りは満や和尚たちが中高校に通った当時の、あのにぎやかさと何ら変わらない。
「さあ~さ。座って、座ってよ」と二人を店内中央部分の椅子に座らせる美智には、満も和尚も「ナニ、これ」「どういうことだ」と尾張弁まるだしで空いた口が塞がらないといった風情である。「一体どういうこと。これって。おまえ何か企んでいるのか」と店の奥から顔を出してきた梢に満が言うと「なあ~んもよ。あなたが鈍感だけなのよ」ときた。ナニが何だか分からないまま、肘鉄でも食らわせられたような彼と和尚はここはどういうことなのか―を聴いた方が得策だと判断。「美智さんもおまえも友だちだったんだ」と続け、その場を取り繕ったのである。
   店内には大半が女性ばかり二十人前後の人々で円陣が組まれていた。「さあ。きょうは初めてのお客さんたちもお出です。これから皆さんを紹介し、それからミニ音楽会を始めましょう」といった声が耳に飛び込んできた。司会者はニット帽をかぶったこなれた感じのする初老の女性で「あたし、キリコと言います。キリコさんで~す」と口を開くと、にっこり笑って、次のように続けた。

「実は、ここにお出での方々の本名を私は知りません。ですので、この店で、みんなで呼び合っている名前、いや愛称で紹介させていただきます。皆さん。町づくりに欠かせない大切な方々ばかりです」。
   キリコは、そう言うが早いか座椅子に円陣を組んで並ぶ客を順番に紹介していった。そして、その名はドデンさんにコンドル、シャキットさん、相場師、まゆみちゃん、錦のママ、タコさん、さらにはカラオケさんにマリちゃん、ソノコさん…といった風変わりな名前ばかりだった。
   不思議なことに呼ばれた客人たちは皆、そう呼ばれることに快感を味わっているような、ちょっと変わった感じの人々ばかりだった。前に少し聴きはしたのだが、満の妻、梢が人知れず営んでいるリサイクルショップ「れもん」では月に一度ずつのミニコンサートを開き、これが案外の評判となっていたのである。

江南駅にはJCによる町づくりを願ったジャンボパネルが掲げられている 撮影・たかのぶ
(江南駅にはJCによる町づくりを願ったジャンボパネルが掲げられている 撮影・たかのぶ)

【12へ続く(不定期で連載していきます)】

著者・伊神権太さん経歴
元新聞記者。現在は日本ペンクラブ、日本文藝家協会会員。
脱原発社会をめざす文学者の会会員など。ウエブ文学同人誌「熱砂」主宰。
主な著作は「泣かんとこ 風記者ごん!」「一宮銀ながし」「懺悔の滴」
「マンサニージョの恋」「町の扉 一匹記者現場を生きる」
ピース・イズ・ラブ 君がいるから」など。

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