連載小説『ぽとぽとはらはら』14

ぽとぽとはらはら 14
伊神 権太

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14

   空にランプみたいな雲が浮かんでいる。ここは日本の片隅。木曽川河畔のかつては信長、秀吉の英傑を生んだ濃尾平野である。
   年の瀬に入り、ちいさな町のあちこちにクリスマスツリーが飾られ、ショッピングセンター出入り口の宝くじ売り場には一攫千金を、と年末ジャンボ宝くじを買い求める人が訪れている。美智や〝和尚〟らと楽しいひとときを過ごしてから二カ月以上がたち町内を歩く人々すべてが体ばかりか、心までがザワザワと早足になってきた。風に吹かれ、後ろから押されでもするように、だ。お正月が近い。

雨にも負けず、宝くじを買い求める市民 撮影・たかのぶ
(雨にも負けず、宝くじを買い求める市民 撮影・たかのぶ)

年の瀬に入り歳末助け合いに協力を、と呼びかける女性たち 撮影・たかのぶ
(年の瀬に入り歳末助け合いに協力を、と呼びかける女性たち 撮影・たかのぶ)=いずれも江南市内で

   きょうも自室デスクで執筆中の満は、ここで静かに一年を振り返ってみる。一見、元気がなさそうで寂れてしまったかの如くみえるこの町。とはいっても、〈いちばん近いハワイの食卓〉を歌い文句に誕生したお店など、結構おしゃれな店が、ポッポッとまるで街なかに〝火音〟でも噴き出すように姿を現し部分的に若返らせてもいる。
   でも。そうは言っても、だ。福寿、桃源、草井…と市内のあちこちで高齢者だけの住居が増えるに従い、必然的に空き家も急増。大型ショッピングセンターや林立するコンビニの陰では金物店や菓子屋などことしも多くが相次いで店じまいをするなど、街なかの商店街はさびれ郊外に目を移せば昭和ロマンを漂わせる貴重な文化財と言っていい、あの〝瀧文庫〟さえが放置されたままである。見かねた有志市民の手で一度は瀧文庫一帯の雑草除去までが行われたというのに、だ。この冷たさはどうだ。学園側の校長が奉仕作業の中止を要請したと言うのだが。それこそ〝昭和枯れすゝき〟ではないのか。
   もし事実としたら、教育者としてもあるまじき話ではないか。満はその学園で学んだ。

   元々が、市の名物・藤の花で知られる曼陀羅寺公園やフラワーパーク、信長が愛した吉乃ゆかりの家・生駒屋敷、前野の吉田家に伝わる古文書「武功夜話」、ほかに布袋の大仏さまなど数少ない名所旧跡の中にあって、今ではこの町のシンボル的存在ともいえる木曽川河畔にたつ〝すいとぴあ江南〟の閉鎖話も出ているとは驚きである。
   そして。名古屋のベッドタウンということで、やたらマンションの建設が目立つ中、布袋駅周辺では名鉄犬山線高架化に伴う布袋駅東複合公共施設の整備が進み、施設内には市立図書館や保健センター、子育て支援センター、交流スペースが入居。駐車場も整備され、スーパーやドラッグストアなどの民間施設も入る予定だとも聞く。デ、これはこれで良し、として。捨てられたも同然のくだんの商店街はこの先、どうなってしまうのだろう。

   今宵は聖夜。クリスマス・イブである。満の思考はなお、ちぢに乱れる。もしサンタのおじさんがこの世に存在する、としたなら。わが町に何をもたらしてくれるというのか。
   だが、しかしだ。満は彼なりに、ことし多くの人と出会い満足している。秋口には信楽焼の里を訪ねてNHKの朝ドラ〈スカーレット〉のヒロインのモデル、こ・う・や・ま・き・よ・こさん、神山清子さんにも会った。八十三歳の彼女は琵琶湖をイメージした自然釉の自作について説明してくれたばかりか、曜変天目茶碗の作陶に打ち込み将来が嘱望されていた長男が自宅陶房の土間で倒れ、三十一歳の若さで骨髄性白血病で亡くなった時の悲しみや、これをきっかけに公的骨髄バンクの設立運動に自ら立ち上がった苦難の日々についても語ってくれた。

信楽高原鉄道車両にもNHK朝ドラの〈スカーレット〉が… 信楽駅で。撮影・たかのぶ
(信楽高原鉄道車両にもNHK朝ドラの〈スカーレット〉が… 信楽駅で。撮影・たかのぶ)

訪れた人々に自然釉について説明する神山清子さん 撮影・たかのぶ
(訪れた人々に自然釉について説明する神山清子さん 撮影・たかのぶ)

作陶に打ち込む清子さん。自宅に掲げられていた写真から 撮影・たかのぶ
(作陶に打ち込む清子さん。自宅に掲げられていた写真から 撮影・たかのぶ)

   そして。それでも「負けないで好きな作陶を支えに、ここまで生きてきました」と話す神山さんは、さらに「ここは作陶をめざす弟子入り志願者ばかりか、家出や離婚、駆け落ちなどで私を頼ってくる人たちが一時は入れ代わり立ち代わり訪れ、〝駆け込み寺〟同然だったんよ」とも。この人ならではの温かい気持ちに接したのである。会話を重ねるうち、共に青春時代に歩んだ【精力善用自他共栄】の柔(やわら)の道に話が及ぶと、清子さんは「今もよう忘れん。一度だけ、夫を本気で投げ飛ばした。背負投げだったと思う。あんまり浮気ばっかして帰ってくるので。もう、我慢できなくて。いきなりだったので夫は驚き、かわいそうなほどにシュンとしちゃったよ」と微笑み、「それから。私。人から聞いたことは全部ノートにメモしてるの。あなたと同じよ」といって満が手にしたノートを見ながらにっこり微笑みもした。

   令和元年十二月二十四日夜。何はともあれ、この街にもジングルベルの音が鳴り、人々はあすの幸せを夢見て眠る。大人もこどもも。ことし誕生した将来あふれる赤ちゃんもである。満はことしもまた奇跡の日々だったことに感謝している。そして。来る年こそ、この街・江南が青春の街に一歩近づくように、と願いもする。
   そのためにも、こことは大いにゆかりのある舟木一夫の青春歌謡を大切にせねば。そうだ。彼の追っかけを自認し「虹を紡ぐ」などを書いた女性作家なた・としこさん。彼女は今、どこでどうしておいでだろう。

【15へ続く(不定期で連載していきます)】

著者・伊神権太さん経歴
元新聞記者。現在は日本ペンクラブ、日本文藝家協会会員。
脱原発社会をめざす文学者の会会員など。ウエブ文学同人誌「熱砂」主宰。
主な著作は「泣かんとこ 風記者ごん!」「一宮銀ながし」「懺悔の滴」
「マンサニージョの恋」「町の扉 一匹記者現場を生きる」
ピース・イズ・ラブ 君がいるから」など。

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