連載小説『ぽとぽとはらはら』27

ぽとぽとはらはら 27
伊神 権太

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27


(封鎖された街での人間の姿が描かれたカミュの「ペスト」 撮影・たかのぶ)

 

 例の爺さんの患者の近所のものが鼠蹊部を押え、熱にうかされながら吐瀉しつづけた。リンパ腺は門番のよりもずっと大きくなっていた。その一つは膿が流れ始め、そして間もなく、いたんだ果物のように口をあけた。…鼠の事件ではあれほど饒舌であった新聞も、もうなんにもいわなくなっていた。
 ―満はいま、アルジェリアのオラン市で原因不明の熱病者が続出し、人間たちが身悶えして死んでいったカミュの小説「ペスト」を読み、つくづく思う。ペストは、14世紀にヨーロッパ社会を壊滅させかねないほどに流行した細菌による疫病である。それとは別に、もしも満自身が、今の恐ろしい〝コンコロコロナ〟、新型コロナウイルスに命を奪われてしまうとしたなら。これまで生きてきた証明として彼なりの思いをたとえ僅かでも実現させねば。それは、ちいさな夢の開花であってもいい、と願う。
 と同時に彼のまぶたには、これまで関わりがあった人々の顔が一人ひとり大きく、心のなかのスクリーンに映し出されてくるのだった。ある人は泰然自若とし、別の人は静かに話しかけてくれ、歓喜の涙でクシャクシャの女性がいれば、険さえ漂わせる女も男もいる。これはもはや仕方ないことかもしれない。
 そして。満は今。身に覚えのある1人ひとりを目の前に「そうだ。これまで関わったこれら多くの人々に声をかけ、菊美の提唱がきっかけで多くが期待に胸膨らませている〝夢ひろば〟を実現させねば」と真剣に思う。声をかけるのは、何もクラスメートに限らない。一般にも広くあまねく、で良い。誰もが幸せに胸膨らます場になればそれでいいのだ、と。
 実際、ステージとして考えているのは、この町では往時の遺産として市民の誰もが認め、日本建築美を令和の時代に伝え、多くの歴史的な書籍を蔵した【瀧文庫】とその界隈で、こんご建物の保全と周辺整備をしさえすれば、何よりのオアシス、いや楽園になる。過去、この文庫の再生に夢を託した多くの市民有志らが周辺の雑草除去奉仕に黙々と携わってきた。菊美とてそのひとりだ。

 ならば、どんな人々に声をかけようか。
 ここで満の眼の前には幼友達だった美智をはじめ、中高校時代の〝和尚〟らクラスメート、この町で再び住むようになってから知り合った多くの人々、梢の店〈れもん〉に出入りする元気な女性たち。ほかに日本はおろかニューヨークのカーネギーホールなど世界各地の名舞台で親善演奏をしてやまない琴伝流大正琴弦洲会の弦洲会主とその門下の方々、さらには社交ダンス仲間の顔も大映しに浮かんでくるのである。
 そればかりでない。福井県坂井町在住でかつては青春歌謡歌手舟木一夫さんの〝追っかけ〟を自認、彼の人生を自らのペンで『虹を紡ぐ 舟木一夫 風、好きに吹け』として紡いだ詩人なた・としこさん、今も舟木さんを追っかけてやまない東京都在住の女性、さらには大垣の順ちゃん、能登のノリヒコさん、さたみさんら。満の親衛隊にも声をかけよう。ほかに〈舟木さんのおっかけさん〉たちも含め青春歌謡を愛する全国の人々にも声をかけたい。
 ここで満はふと、頭を巡らした。それよりも何よりも、たとえいっときでも良い。あの瀧文庫と周辺を市民の広場として、文庫を管理する学園側に広く開放してもらう必要がある。ここに至っては、これまでも先頭に立って文庫再生を願って一帯の雑草除去などの奉仕に携わってきた市民の力が必要だ。そう、運動を展開してきた菊美らの理解と協力が何よりも大切なことに思いが至るのである。

 話は変わるが、この令和の世に降って湧く如く人間社会を襲った新型コロナウイルスの世界的感染によるコロナ禍は三、四月と増え続け、五月に入ってからも感染の拡大化こそ、少しは収まったものの相変わらずのスピードで人間社会を襲っている。四日には当初六日までだったはずの非常事態が五月末まで延長された。
 現に東京で働く満の長男夫婦は、ことしの大型連休中、帰郷は止め、今月三日にこれまでなら想像もしなかった〝オンライン帰省〟をしてきたのである。帰省は、梢のタブレットで互いの家をラインで結んで同居する三男坊の手助けで簡単に実現したが、日常社会が変形してしまったなかでの前代未聞の帰省劇で、これまでなら想像さえ出来なかったハプニングの実現ともいえる。以前の日常がコロナのせいで完全に変形しつつある。

 


(これが新たな〝日常〟か。ことしの連休は全国的にオンライン帰省も珍しくなくなった=愛知県江南市内 撮影・たかのぶ)

 

 そんなある日。満は梢と父が残してくれた畑〈エデンの東〉へと出かけた。ふたりで草むしりをするうち、蟻やテントウムシ、蝶、ミミズなど多くのいきものに出会った。彼らは人間のように不満ひとつ言うでなく、ただ土の上を歩き回っていたのである。そんな姿に満はふと、こう思うのだった。「人間社会を破壊するなぞ、この草たちをひとむしりするよりももっと簡単なことではあるまいか」と。何も真剣に生きているのは人間だけじゃない。テントウムシだって一生懸命に生きているのだよ、と―。

 


(出向いた畑の一角では雑草が一掃された 撮影・たかのぶ)


(テントウムシだって 懸命に生きている 撮影・たかのぶ)

 

【28へ続く(不定期で連載していきます)】

 

著者・伊神権太さん経歴
元新聞記者。現在は日本ペンクラブ、日本文藝家協会会員。
脱原発社会をめざす文学者の会会員など。ウエブ文学同人誌「熱砂」主宰。
主な著作は「泣かんとこ 風記者ごん!」「一宮銀ながし」「懺悔の滴」
「マンサニージョの恋」「町の扉 一匹記者現場を生きる」
ピース・イズ・ラブ 君がいるから」など。

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