連載小説『ぽとぽとはらはら』4

2020年3月30日

ぽとぽとはらはら 4
伊神 権太

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4.
   あの日から二週間後。自宅郵便受けに一通の彩りも鮮やかなピンクのハートの封書が届いた。封書を手に、満は差出人の名に微かな動悸を覚えた。手紙は次のような内容だった。
「みつる。わたし。アタシ。ミチよ。お久しぶり。本当に。みつるちゃん。驚いたよ。思いもかけていなかったお手紙、読ませていただきました。読むうちに、なんだか涙がこぼれてきて、抑えようがなくって。あの日々のアタシのことを心底から覚えていてくれた、だなんて。嬉しくて。わたしの青春、いや少女のころを懐かしく思い出しています。
   それにしても、まさか。あなたからこうした、まるで前世から現れ出たような手紙をいただけただなんて。なんて言ってよいのか。この年になってありがたいな、とつくづく思っております。アタシを少女に帰らせてくれました。ほんとよ、みつるちゃん。」
「小学生のころは、よく和田から近くの般若(はんにゃ)の裏山、時には木曽川の河川敷まで行ってあなたの妹さんもまじえて、女の子がお姫さまになったりして。竹の棒を刀がわりに、チャンバラごっこなどをしたものだよね。お正月がこれば、原っぱ同然の近くの田んぼに行き、みんなそろって凧揚げをし、夏には般若川でセンスイエイホウ(潜水泳法)を見せてやる、だなんて。みつるによく、そう言われて。一緒に泳いだものです。みんなで川ざらいまでして、ナマズやフナなどの魚をいっぱいとりあった。」
「ほかに、小学校への登校時にはいつも、角の自転屋さんのある小高い丘にみんなで集まって古北(古知野北小学校)まで登校したものだよね。古すぎるかな。春日八郎の〈別れの一本杉〉とか〈お富さん〉といった歌が大流行(おおはやり)で、みつるちゃんったら。おませでいつだって気取った顔して、それこそ歌手気取りで〈別れの一本杉〉を歌っていた。よく覚えてるのだから。あなたが通学団長で、アタシが副団長。ほんとに、ほんとうに楽しい毎日だったよね。」

   満は文面を追いながら猛スピードで少年に返っていく自分を感じていた。そして思い切って手紙を出してよかったな、ともつくづく思った。少女、いや今では高齢女性だが、彼女の名は大脇美智といった。満とは小学時代のクラスメートだったが、彼が私学に、彼女が公立の中学校に進学すると同時に互いの縁はたちぎれとなり、以降その後の長い人生航路にあって満たちは一度も会ったことはなかったのである(今も会ってはいない)。
   それがなんの因果か。この町のとある居酒屋で大学の先輩でもあった五郎さんにたまたまお会いし雑談するうち「ミチ? 美智だろ。その子だったら、知っとる。ここへ手紙出してみたら。ゴロちゃんがそう言っていたと書けば心配ないから」とそう言われ、思い切って赤いポストに封書を投函したのはつい、先日のことである。

   満は大学を出て就職すると同時に新聞記者となり、各地を転々とし、育ちのふるさととも言えるここ江南にはそれこそ、長いブンヤ生活を終えて初めてやっとかめぶりにちいさな家を建て、舞い戻った。戻ったことはいいが、地元のことはほとんどと言ってよいほど知らなかった。そこに、何の因果か昔の友のミチとこうして思いもよらぬ手紙を交わすことになろうとなぞ、正直、思いもしなかったのである。

   美智から返事が届いたその日。満は少年時代のこの町に思いをはせていた。
   近くの別の商店街一角には新盛館と呼ばれた映画館もあり、ほかに銭湯、床屋、写真館、お菓子屋さん、花屋さんにはきもの屋さんなどがひしめくようして点在。多くの人たちが行き交っていた。歩けば、通り過ぎたばかりのサンドイッチマンや隣町の一宮は萩原名物で知られるチンドンヤさんなどおしろいを塗りたくった楽隊によるリズミカルな音が聞こえてきた、そんな活気にあふれていた町。その町が今では年老いてしまったのか。
   いやいや、そんなはずはない。
   どこからか。命の限り泣く赤ん坊の声が聞こえてくる。大衆食堂にファッションの店、ちょっと高価な呉服屋さん、本屋さん、スポーツ用品店、音楽堂などが思い出される。そればかりか、一隅には何軒もの料亭が点在、置屋も置かれ、夜など時折、♪芸者ワルツといった三味の音が流れてくることもしばしばだったのに。今でも二、三カ所なら、往時の独特の風情を残すお店があるにはあるのである。

スーパー撤退後、荒れ放題の草原 撮影・たかのぶ
(スーパー撤退後、荒れ放題の草原 撮影・たかのぶ)

   あぁ~。それなのに、だ。最近では市民にとっては大切な、頼りのひとつでもあった街なかのスーパーマーケットVが閉鎖し、広大な空き地が世捨て人同然にどこまでも広がっている。一面雑草が生え放題の野ざらしとなったままだ。
   ほかにも所々で建物が歯抜け同然になっており、これだけを目にすると「この町はこの先、一体全体どうなってしまうのか。かつての残像だけを残す幽霊同然の町と化してしまうのか。何もない滅びの町へと突き進むのか」とふと思ったりする。
   気がつくと、今度は空からポツリポツリ、涙のような雨が落ちてきた。

取り残されたかのような商店街の案内板
(取り残されたかのような商店街の案内板 撮影・たかのぶ)

【5へ続く(不定期で連載していきます)】

著者・伊神権太さん経歴
元新聞記者。現在は日本ペンクラブ、日本文藝家協会会員。
脱原発社会をめざす文学者の会会員など。ウエブ文学同人誌「熱砂」主宰。
主な著作は「泣かんとこ 風記者ごん!」「一宮銀ながし」「懺悔の滴」
「マンサニージョの恋」「町の扉 一匹記者現場を生きる」
ピース・イズ・ラブ 君がいるから」など。




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