ぽとぽとはらはら 1
     伊神 権太

(序章)
 木曽の流れと草井の渡し、天下に誇る曼陀羅寺と藤の花、そして布袋の大仏などが、この町自慢でもある。喜び。悲しみ。寂しさ。うれしい時も辛い時だって、だ。オギャアと生まれたばかり将来あふれる赤ちゃんから、お年寄りに至るまで。この世に生まれでた人びとは昔も今も皆、与えられた宿命をどこまでも背負い、いつだって、ひとしずくの涙とともに生きていく。
 長崎、広島に原爆が落とされ、空襲という爆撃が日本の国土を蝕み、幾多の人びとの命を奪い、不幸な時代を刻んだ太平洋戦争。満(みつる)は、戦後のどさくさのなか、満州は東北部の奉天(現瀋陽)で生まれ、直後に日本に引き揚げ、親や兄妹、友人、知人などまわりの人たちの愛に支えられ、幼少期から少年時代をここ尾張は江南の地で育ち、定年を境に、ふるさと同然のこの町に帰ってきた。
 この町に戻ってきたこと自体が思ってもいなかったことで奇跡だと信じている。


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(曼陀羅寺の藤の花 撮影・たかのぶ



 善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや(歎異抄)
 この宇宙に浮かぶ星、地球を終(つい)の棲家に森羅万象のなか、日一日をけなげに。それぞれ、寂しさとやるせなさを抱きしめ、幸せを求めて生きてゆく人びと。本来みな無一物だ。敵も味方もない。そして。当たり前のことではあるが。実際のところは、だれだってひとりぽっちだ。けなげに生きてゆく人間社会に本来、悪い人なぞは、いやしない。そう思いたい。
 物語は木曽川河畔沿いのちいさな町、それでも地域社会の繁栄がどこかでパチパチと音をたてて少しずつ高まりつつある、そんな予感がする尾張は北部の愛知県江南市を舞台に始まる。ここは、かつては若き日の天下人(びと)信長と秀吉が、木曽川を生活拠点とする川並衆(かわなみしゅう)らに支えられ吉法師(きっぽうし)、藤吉郎(とうきちろう)として共に駆け回った由緒ある土地柄で、信長の妻 吉乃(きつの)を生んだ、まさに聖地でも知られる。
 昭和のころには隣町、一宮市出身の青春歌謡歌手舟木一夫さんが歌い、大ヒットした「高校三年生」のロケ地ばかりか、当時の日本で大きな社会現象を巻き起こした学園もの青春歌謡の発火点にもなった、忘れられない土地である。というわけで、この町は、男も女も皆、木曽の清らかな流れを自慢とする、そんな誇り高き人々が多い。


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(吉乃ざくら ~小折の田代墓地にて~ 撮影・たかのぶ



1.
 昭和三十七年。初夏の気配が空を泳ぎ始めていた。白い雲が風とともに動いている。一陣の風がふわり頬をなで、こんどは、満のからだにまとわりつき遊ぶように、からみついてきた。空を仰ぐと学生帽が吹き飛ばされそうになる。満はやっとのことで、それこそ一年ぶりに人の助けを借りないでよろけながらも、どうにか乗れるようになった自転車荷台に柔道着をくくりつけ、半ばおそるおそる自転車ペダルを踏んで高校へと向かった。和田の家を出てまもなく高屋の交差点へと差しかかろうとしていた。自転車は和田と勝佐の境にある〝お十王さん〟を越えてそのままこんどは高屋の由緒あるその寺、永正寺さま(臨済宗妙心寺派高屋山)の脇を掠めて進んでゆく。

 帰路。こんどは上空を白い雲が朝とは反対方向に流れている。
 この町特有の赤い夕陽が校舎を染め、人びとの心までを融かしてしまうように商店街はむろん、野や山、川、道など全てを包み込んで美しく鮮やかに赤く照らし出している。まるで魔法の町、いや御伽(おとぎ)の国みたいだ。オレンジ色に、どこまでも光る家並み。満の目には自然はむろん、この町の全てが輝いて見えるのである。
 こどものころから漫画イガグリくんに憧れる柔道少年だった満はきょう、久しぶりに教室での授業を受けたあと、渡り廊下をわたった柔道場で愛用の柔道着に身を包み、簡単な準備運動に続く腕立て伏せやウサギ跳び、打ち込みだけの軽い稽古を終えたあと柔道着を自転車荷台にくくりつけ、運動靴をはき、ペダルを踏んで三角の時計台がまばゆい校舎裏門を出て、こんどは古知野の商店街を抜け高屋を通って自宅へと向かった。

 そして。翌年の昭和三十八年春には、高校三年生になっていた。愛用の自転車に乗って再び始まった満の登下校は順調で、また新たな一年が過ぎようとしていた。登下校時には決まって口元からつい最近、デビューしたばかりの隣町、一宮市萩原町出身の青春歌謡歌手、舟木一夫の〈高校三年生〉に負けじ、とラジオから流れ始めた三田明の〈美しい十代〉の歌詞があふれ出ていた。
 ♪うつくしいじゅうだい、あ~あ~十代……と、である。俺は、いや、ボクは十代なのだ。

――気がつけば、突然の右足複雑骨折から二年がたち、その後の満は柔道の腕も講道館二段を取得。この間には得意技の背負い投げばかりではなく、組んだ瞬間の大内刈りや大内から背負いへの連絡技、相手が出てくる体を崩しながらの足払いや体落としを体得、ときには三船久蔵が考案した隅落とし(別名空気投げ)などにも挑み、実力面ではこの地方の高校生ではかなり目立つ存在となっていた。
【2へ続く(今後不定期で連載していきます)】



著者・伊神権太さん経歴
元新聞記者。現在は日本ペンクラブ、日本文藝家協会会員。
脱原発社会をめざす文学者の会会員など。ウエブ文学同人誌「熱砂」主宰。
主な著作は「泣かんとこ 風記者ごん!」「一宮銀ながし」「懺悔の滴」
「マンサニージョの恋」「町の扉 一匹記者現場を生きる」
ピース・イズ・ラブ 君がいるから」など。





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