連載小説『ぽとぽとはらはら』17

2020年4月2日

ぽとぽとはらはら 17
伊神 権太

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17

   満は静かに瞼を閉じ、幼少期から少年時代にかけて育った美しきわが古里の野や山、川などを思い出してみた。上半身、裸で飛び回っていた小学生の頃。あの当時を忘れようとして忘れられるものではない。

春になれば、かれんな花々がひとひらひとひら開く
(春になれば、かれんな花々がひとひらひとひら開く 撮影・たかのぶ)

桜の名所である五条川堤
(桜の名所である五条川堤 撮影・たかのぶ)

田植えを終え、まもない水田地帯。戦国武将の信長と愛する吉乃はこのあたりを飛び回っていた=江南市小折にて
(田植えを終え、まもない水田地帯。戦国武将の信長と愛する吉乃はこのあたりを飛び回っていた=江南市小折にて 撮影・たかのぶ)

   そして。社会に出てからの艱難辛苦が今度は怒涛となって、わが身に迫りくるのである。
〝青春〟のど真ん中は次から次に、と起きる事件や災害の取材に振り回される日々となったが、どんな事態が起きようとドシンとしていた梢が頼りだった――

   間組や鹿島建設など大手建設会社が根こそぎ岐阜県警と岐阜地検に摘発され、地方疑獄では最大級となった岐阜県庁汚職はじめ、長良川決壊豪雨、作家宇野千代さんらによる老樹・淡墨桜の再生、名古屋のキャッスルホテルを舞台に起きた愛知医大をめぐる3億円強奪、栃尾温泉の崩落、中部日本海地震、三宅島噴火、小牧の新ごみ焼却場を巡るゴミ騒動、三重の嬉野豪雨、赤いフェアレディーZに乗ったトンボメガネの女による富山長野連続女性誘拐殺人、長崎大水害、稚内オホーツクの海へのソ連戦闘機による大韓航空機撃墜、日本福祉大生のスキーバスツアーの転落事故、長野・地附山崩落による松寿荘崩落、ヨットのエリカ号の世界一周からの帰港、日航ジャンボの御巣鷹山への墜落……。等など。

   このうち愛知医大をめぐる3億円強奪では、共犯のかつての戦災孤児〝どんぐり坊や〟がうどん店で働いているらしい―との情報を聞き込み名古屋駅周辺のうどん店を手当たり次第に歩いてまわり本人にたどり着いた。〝どんぐり坊や〟とはその後、新幹線ガード下の居酒屋などで人目を避け、何度もお会いし彼自身、私を気に入ってはくれたが核心部分に触れると「俺は事件の真相を全て知っている。でも、これ以上は口が裂けても言うつもりはない」としみじみ話したあの時の苦悩に満ちた表情は今も忘れない。
   そして。赤いフェアレディーZのトンボメガネの女が長野県警に、贈答品販売業者の男Kさんと共に誘拐殺人容疑で逮捕されたとき。満は馴染みのデカの証言などから男は手を下していないとの確信から記事になる前、「Kはやってない。やってないから書くべきでない」(警察に逮捕された直後、Kさんは〝オレはやってない。やってなあ~い〟と大声をあげ大粒の涙をそれこそ、ぽとぽとはらはらと流して私の目の前を通り過ぎていった)とデスクに猛烈に抗議したが「共犯で逮捕されたのだ。君。書かないわけにはいかないよ」と一蹴され紙面化されたあの時の屈辱感(結局、Kさんはその後冤罪で無罪となった)。これも忘れるわけにはいかない。

   このほかにも、大韓機が撃墜した時は壮絶であった。
   双発ジェットの取材機で現場上空を飛行中、稚内レーダーサイトからは「帰れ、帰れ。国籍不明機が近づいている。危ない。危ない。帰れ、帰るのだ。チュウニチさん、チュウニチさん」の警告が繰り返し流されるなか、満ら取材班はあくまで墜落現場を求め、鮫肌状のモネロン島周辺海域上空をただひたすらに墜落現場を追い求め、とうとうそれらしき海域をレンズに収めたのである。
   そればかりか、あの時はもうひとつ。取材記者の満とカメラマンのふたりには飛行が終わるその時まで、最後まで知らされなかった身の毛もよだつ話がある。それは取材機が飛行中、片肺で飛んでいたという事実だ(エンジンの欠落部分を直すにはアメリカの航空機会社に部品の手配したところで、とても間に合わない。幸い片方のエンジンだけでも飛ぶことが出来るという航空機にならでは、の〝フェイルセイフ〟機能を信じてあの日は飛んだのです、と取材直後に航空部員に聞かされた)。
   これも永遠に忘れられない。

   というわけで、あまた体験した大きな事件や災害の取材に〝青春の血〟を沸かしはしたが、それはそれで良い。けれど、いまの満にはやはり、自分がいま住む江南の行く末がなぜか気になるのである。
   令和二年も三週間が過ぎたその日。満が知人女性と約束した市内の珈琲店に向かう途中のことだった。運転席からふと顔を挙げると、前方に真っ赤な太陽が浮かんでいるではないか。と同時に、この太陽は高校生のころ、通学路で何度も目にした、ふるさとの確かな鼓動だとも思った。

雪の朝に昇る太陽も、また圧巻である=2018年1月25日朝
(雪の朝に昇る太陽も、また圧巻である=2018年1月25日朝 撮影・たかのぶ)

   この日の夕方、たまたまハンドルを手に目の前に見たのはわが両の目を射るほどに正面に立ちはだかった真っ赤な太陽である。車を置きジッと遠くの地平線を見守る。と、〝真紅の円〟は、やがて鮮やかな虹彩を放ちながら地平線に沈んでいった。一帯を夕焼け雲が神秘的な色で包み込んでいったが、まさに♪赤い夕日が校舎を染めて~と歌ったあのころと同じだ。その美しさに満は自らが異星人として生かされている錯覚にとらわれた。
   そういえば、かつて、満が大好きだった美空ひばりさんが〈真っ赤な太陽〉という青春がはちきれそうな歌を、全身をくねらせ歌っていた。あの日々を思い出させる確かな自然がそこには横たわっている。

【18へ続く(不定期で連載していきます)】

著者・伊神権太さん経歴
元新聞記者。現在は日本ペンクラブ、日本文藝家協会会員。
脱原発社会をめざす文学者の会会員など。ウエブ文学同人誌「熱砂」主宰。
主な著作は「泣かんとこ 風記者ごん!」「一宮銀ながし」「懺悔の滴」
「マンサニージョの恋」「町の扉 一匹記者現場を生きる」
ピース・イズ・ラブ 君がいるから」など。

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