連載小説『ぽとぽとはらはら』21

2020年4月2日

ぽとぽとはらはら 21
伊神 権太

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21

プロ野球の無観客試合を報じた中日スポーツ
(プロ野球の無観客試合を報じた中日スポーツ)

4コマ漫画の〈おれたちゃドラゴンズ〉も。「さあ、困った」
(4コマ漫画の〈おれたちゃドラゴンズ〉も。「さあ、困った」)

   令和の時代になって突如、現れ出た病原菌、新型コロナウイルス。その感染者は日中韓をはじめイタリア、イラン…と、世界各地で増え続け、ここ江南市とて他人事ではない。
   というのは、2月27日付中日新聞夕刊によれば、三菱UFJ銀行江南支店で行員ひとりが感染し同僚40人のうち10人が濃厚接触した疑いがあるとして2週間の自宅待機と健康状態の経過観察が指示されたというのだ。感染者は25日まで勤務し、この日に発熱したため医療機関を受診、26日夜に陽性が確認されたという。ほかに、こうした不安な社会にあって、信じられない話ではあるが。各地のショッピングセンターで群集心理も手伝ってか、あらぬうわさに一部が買いだめに走り、トイレットペーパーが一時、売り場から消え去った。

UFJ行員の感染を報じた中日新聞夕刊
(UFJ行員の感染を報じた中日新聞夕刊)

   今、世間で騒がれ人間社会を蝕み恐怖を与えているコロナウイルスの存在は、このままだと世の中そのものを変形してしまいかねない。デ、満はきょうも、この町を歩きながら思うのである。ウイルスたちは、いつから病原体のまま地球を囲むカーテン(大気)のなかを性懲りもなく、浮遊していたのか。それとも、何かの弾みでこの世に生まれ出て悪さを始めたのか。なぜ。なぜ、なのだ。自然界の天罰かもしれない。
   彼は、いつもの癖で社交ダンスを踊る気分でステップをさらに前へと一歩、踏み出す。この世には、なんであれ。「二石会」の級友タダシのようにある日突然、悲しまれて逝ってしまう人がいれば、厄介者扱いされながら、それでも現れ出るウイルスのような存在までいる。それが私たちの輪廻なのか、と。あ~あ。
※        ※

   ここで満はなぜか中国瀋陽(満州国奉天)に思いをはせる。生後十三日目で母の胸に抱かれて奉天の生家を追い出されるように逃げ出し、延々と歩いたあげくにぬかるんだ〝泥の河〟を渡って無蓋車に乗せられ、やっと母子もろとも着いた葫芦(ころ)島からは、引揚船で海を越えて舞鶴へ。母の実家がある和田(江南市和田町)に着いた。だから満の最初の幻影といえば、それからまもなくして母の背に負ばれ、彼女が自宅の壁塗りをしている姿を背中でうなされ、見ていたというものだった。でもコロナウイルスなどはいなかった。

   出生から五十余年の後。満は夢にまで見た瀋陽を訪れた。その時の模様が彼の記者小説集【懺悔の滴(人間社刊)】のなかの〈砂子〉に描かれている。そのごく一部をここに抜粋しておこう。次の通りだ。
   一月二日。十六時二十二分。ボクは今、砂子と離れ、中国の瀋陽(旧満州の奉天)にいる。瀋陽は、人々が休みなく動く活気のある町だった。町全体のどこかに痛みのようなものを残している。瀋陽に入るや、女性ガイドに無理を言い、ボクの両親が大和税捐局(税務署)の官舎のあった所だという昭和街六段を訪れ、次いで父が職場に通うのによく利用した皇姑屯(こうことん)通り、そしてこれまた父の職場が近くにあったという大和ホテルの順に回った。昭和街六段は、信号付き交差点の向こう側にあり、そこには証券会社の大きなビルがあり、ほかに凍結路に面して美容院のようなものが並んで建っていた。ボクは車の外に出てマイナス15度の極寒に立ち、ガイドに頼んで何枚もの写真を撮ってもらった。
   そればかりか郷愁が込み上げ思わず六段の通りを何度も何度も歩いてみた。(中略)今度は少年時代に戻ったように足をピョンピョン跳ね、まるでスキップでも楽しむようにした。お陰でカチカチに凍った路面で何度も転んだが、大地、いや古里とはこういうものか、と妙に感傷的になったりもしたのだった。
   昭和二十一年三月六日。零下20度以下の日も珍しくない当地の官舎でボクは生まれたという。官舎がどこにあったのか、は詳しく突き止めることはできない。しかし、ここら辺りをおふくろの胸に抱かれ、行き来したに違いない。そう思うと、ボクの目からは、とめどもなく涙があふれ出たのだった。
   ………
   きのう訪れた北朝鮮との国境の町、丹東の澄みきった空気とは違い、ここ瀋陽にはスチームガスの埃が空を覆い一日中、漂うというどちらかといえば、スモッグの町といってよい。その灰色の町を人々は防寒着に身を固め歩いたり、自転車を漕いだり、リヤカーを引くなどしていた。印象深かったのは、大人という大人が、子どもの手をしっかり握って歩いていることだった。
   ………
   列車は再び動き始めた。日本の童謡『里の秋』が車内に流れる中、いよいよこの町を去る刻がきた。白い雪の原。込み上げてくるものを抑えられない。ボクが生まれた、この町。奉天。五十余年に及び、いつかは来てみたかった、その古里はずっとボクの胸の中で生きてきたのだ。

――ざあっと、こんな按配だ。だが、しかし。青春時代をまたいだ遠い日々が過ぎ、ここにきてウイルスに狙われようとは。満は青い空を眺めて嘆息するのである。
   コンコロ、コロナ。この一大事は一体いつ終息するのか。

行員から感染者が出た三菱UFJ江南支店
(行員から感染者が出た三菱UFJ江南支店 撮影・たかのぶ)

【22へ続く(不定期で連載していきます)】

著者・伊神権太さん経歴
元新聞記者。現在は日本ペンクラブ、日本文藝家協会会員。
脱原発社会をめざす文学者の会会員など。ウエブ文学同人誌「熱砂」主宰。
主な著作は「泣かんとこ 風記者ごん!」「一宮銀ながし」「懺悔の滴」
「マンサニージョの恋」「町の扉 一匹記者現場を生きる」
ピース・イズ・ラブ 君がいるから」など。

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