ぽとぽとはらはら 23
伊神 権太
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23
(郷土の川、木曽川の流れはいつもキラキラと光り、ほほえみを絶やさない=江南市草井で 撮影・たかのぶ)
令和2年3月23日。彼岸明けの風が思いのほか強い初春の午後。満はひとり、自宅から車で20分ほどの木曽川河畔に立ったまま身を晒し、川面を無言で見つめていた。この川にはなぜかしら、幼少から育った〈郷愁への愛着〉とでもいえようか。余韻みたいなものが感じられ、満は時折、決まってここを訪れ岸辺に立ち、来し日々を思い出すのが常でもあった。河畔の江南緑地公園では多くの人びとが集い、風の流れもさわやかで静かな時が流れていく。
(上流から下流に、風と一体となって流れる川の音がたくましい。この世の何かを訴えているようだ 撮影・たかのぶ)
それにしても川面を次から次に流れ、わたってゆく風のひとひらヒトヒラが生きて何かを語りかけてくるようで、頬に冷たく感じられる。〈かぜ〉たちは、このままどこの空へ飛んでいってしまうのか。どこかで、あの〝コンコロコロナ〟たちとハチ合わせでもしているのか。そんなことを思っていると、今度は水の流れに乗るかのようにチュ、チュ、チュッ。チュッ、チュッと鳥たちの精一杯の囀りが満の耳に容赦なく迫ってきた。その億萬を超える、いや何兆もの目には見えない〈かぜ〉の因子たちが「あのねえ私たちはネ。生きていくうえで新型コロナウイルスの存在なんて。全然関係ないのだから」とも言い切ったのである。
〝コンコロコロナ〟。〝コンコロコロナ〟だって? この世に悪さばかりをしてきた人間たちを怖がらせている。そんな気がしてならないわ―と、物体のない【気】ともいえる何かが耳元で囁いた。「あのさ。あるがままの自然界を変質させてしまったのは、いったい誰なのよ。いや、ミ・ツ・ルさん、誰だと思うの。新型のコロナウイルスを生んだのは環境を手当たりしだいに破壊してしまったニ・ン・ゲ・ンたちよ。だからコロナショックは人災よ」と、今度は水面に影を映す姿なき精霊までがたたみかけてきた。風がつよく頬に突進してくる。
波が、キラキラと光る。「何よ。何さまになってんのよ。この星は人間だけのものでないことを、よお~く考えてごらんよ」。満は、ここで物の怪にでも憑かれたように目の前を流れる透明な水を前に、そのまましばらくの間、棒立ちとなり金縛り状態でいた。何か発言しようとしても声そのものが出てこない。いや、それ以前にそこには自然に制圧されている自分がいる。
そう言えば、ことし6月1日で満100歳になる母から思いがけず、一通の封書が届いたのは、つい先日のことだった。封筒を開けると、やや筆圧こそ弱ってはいたが、しっかりした字で満の母、千代子が書いた書簡が出てきたのである。そこには、こう書かれていた。
――なつかしい満、そして。こずえさま
元気ですか 三日程前に私。満の夢を見ました。それはまだ満が高校へ入学した頃の夢ですよ 高校生になったのであなたの制ふくを買いに行った夢でした。……
あなたたちの幸せを祈っています どうか元気で暮らして下さい 今(私がお世話になっている施設は)コロナビールスの流行でめんかいも出来なくなっています 私も子供達みんなの健康を神様にお願いして暮しております どうか健康で暮して下さい なつかしくこの頃はみんな自分の子供達のことをよく思えて私は本当に一生幸せでした ありがとう
(ことし6月には満100歳を迎える満の母。若いころは蚕の雌雄鑑別士。今はもっぱら草履をつくるのが得意だ=江南市内の実家で 撮影・たかのぶ)
満は文面を目でたどるうち、この母こそが、自分を異国の地・満州から私を抱いて引揚船で海を渡り、ふるさとに帰ってきた、まさにその女性なのだと思うとそれこそ、頬を、ひと筋の涙が流れていったのである。2枚に書かれた文面には「今私はピアノのれんしゅうを一週間に二回しています でも一生懸命 故郷と言う歌 兎追いしかの山こぶなつりしかの川 夢は今もめぐりて 忘れがたき故郷と言う歌です……」などと書かれていた。
(母から満とこずえ=梢=あてに届いた手紙の一部。便箋2枚に書かれていた 撮影・たかのぶ)
※ ※
ところで今、世界中を撹乱している新型コロナウイルスの感染拡大、いわゆる〝コンコロコロナ〟による深刻なコロナショックを起こしている感染者増はその後も留まるところを知らず、今月23日には世界全体の感染者数が35万人を、死者数も1万5000人を超え、全域に拡大化。
なかでも中国に次ぐ〈第2の震源地〉となったイタリアでは感染者が急増するオーバーシュート(爆発的急増)状態に陥り、感染者が約6万4000人(死者6000人超)と手のつけられない状態となっている。さらに米が約4万3000人(同530人超)、スペイン3万3000人超(2000人超)、ドイツ、イランとも2万人以上、フランスでも1万6000人以上の感染者で深刻さが度を増している(3月23日時点)。
もはや人類に対する自然界の逆襲が始まった、といっても過言でない。事実、フランスのマクロン大統領が「第2次世界大戦以降、最も厳しい闘いが始まった」と言えば、トランプ米大統領も軍隊に被害の多いニューヨークでの野戦病院建設を指示、ウイルスとの闘いを宣言する姿勢まで示したのである。
そして。ここ木曽川河畔のこの町がこの先、どうなっていくのか。それは誰にも分からない。満は、ただひたすら無事平穏を願うばかりだ。
【24へ続く(不定期で連載していきます)】
著者・伊神権太さん経歴
元新聞記者。現在は日本ペンクラブ、日本文藝家協会会員。
脱原発社会をめざす文学者の会会員など。ウエブ文学同人誌「熱砂」主宰。
主な著作は「泣かんとこ 風記者ごん!」「一宮銀ながし」「懺悔の滴」
「マンサニージョの恋」「町の扉 一匹記者現場を生きる」
「ピース・イズ・ラブ 君がいるから」など。
「しえなんカード(名刺)を置きたい!」「うちも取材してほしい!」という
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