連載小説『ぽとぽとはらはら』13

2020年4月2日

ぽとぽとはらはら 13
伊神 権太

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13

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(初冬を思わせる柿。やがて木守柿だけが残る 撮影・たかのぶ)

   満が美智の求めに応じ〝和尚〟(中高生時代の級友の愛称)と一緒に妻の梢が営む衣類中心のリサイクルショップ「れもん」を訪れ、何日かが過ぎた。大気という大気はもはや、すっかり冬の気配である。路上をコロコロ、コロコロと枯れ葉が舞う。柿のシーズンも、まもなく終わる。

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(まるでお伽の国 この地方の夕景は心がとけいるほどに美しい。江南市内で 撮影・たかのぶ)

   きょうの空はどこまでも晴れ、底がないほどに澄みわたっている。夕方になれば、この地方ならではの美しい虹の光線が浮かぶに違いない。満は、感覚がとても敏感で人のことを気遣う和尚のことが気になった。彼とは美智の仲立ちもあり、社交ダンスという共通の趣味が取り持つ縁で思いがけず再会したが、この先どうしていいものか。このまま会わないままでいることだって出来る。もう会わない方が良いのかもしれない。
   いやいや、互いに歩んできた道が違うにせよ、会いたい。ならば、どうしたら良いのか。満の心の中に占める彼の存在は大きい。青春歌謡華やかだった高校生のころ、あの舟木一夫が歌っていた♪思い出すのは故郷の道を、みんな一緒に離れずにゆこうと言った【仲間たち】―という歌詞にもある、そのかけがえのない友そのものなのだ。満はそう思うとあらためて顔を上げ♪歌をうたっていたアイツ…とくちづさみ始めた。歌えば若き仲間たちが脳裏に鮮やかに大きく浮かびあがってくる。

   満は今、この町にあるショッピングセンター・平和堂の駐車場に愛車を止めたまま、ペンを走らせている。車窓越しにそれこそ映し絵同然となって歩いていく人、ひと、ヒトたち。皆それぞれの意識と目的があるはずだ。マスクをかけ、姿勢を正して前方をキッと睨むようにして歩く女性。遠慮がちに帽子をかぶり、両手をバタつかせ海のなかでも漕ぐようにしてヨボヨボ、トボトボと歩いていく男性。どこに停めようか、と初老の女性がノロノロと迷いながら運転する赤い車が、危なっかしく通り過ぎていった。
   今は午前十時半だ。木曽川河畔に広がる濃尾平野。かつてはあの信長や秀吉たち戦国武将に信長が愛した吉乃らも日々、夢を求めて闊歩したであろう、このちいさな町で。それはそうと、人びとは一体何を思い、どこへ行こうとしているのか。どのヒトもこの世で初めて見る、いや、偶然にもたまたま、ここで邂逅し、視界に飛び込んできた人たちばかりだ。
   満は、そんなことをふと思い、かふして自分自身が今ここにいること自体が不思議で奇跡的、夢の世界ではなかろうか、と。ふと、そんなことを思ったりしている。人間たちは誰だって皆、日々、奇跡のなかを生きてゆく危うい存在なのである。

   スーパーで買い出しをする妻の梢を待つ間、満は車内でこうしてペンを走らせている。車内では、〈高校三年生〉のカセットが流れ始めた。目をつぶる。♪赤い夕日が 校舎を染めて 楡の木陰に……、♪泣いた日もある うらんだことも 思い出すだろ懐かしく……

   本当に人生なんて。その通りだ。満が、高三のころはただひたすら柔道の稽古と勉学に明け暮れる日々だった。あの時、文武両道を宣言しながらも滑り止めに、と受けた東京の受験にも見事に失敗。心身ともボロボロとなり、しばらくは屈辱感からくる辱めもあって顔さえ挙げられなかった、あの悔しさは永遠に忘れない。一方で、あのころの和尚といえば、だ。東京の私大の受験に難なくパス。彼の東京への旅立ちを前に満は、はなむけになればと〈高校三年生〉をひとりで何度も歌ったものである。
   そして。運命の皮肉といおうか。和尚とは対象的に国立の志望校にも落ち傷だらけだった満は、それでもナニクソと思いながら、周りに勧められるまま唯一合格した名古屋の私大キャンパスを訪れたのである。ところが、である。
   一歩足を踏み入れると同時に視界に飛び込んできた、そのキャンパスは新しく出来たばかりとあってか。すべてが美しく輝いており、満は何のためらいもなく、その私学に入ることにしたのである。何よりも〈人間の尊厳〉という校訓が満の心を突き動かしもした。

   あの日から何十年もの歳月が流れ現役時代に各地で記者生活を歩んだ満は、その後定年になったのに合わせここ江南の地に戻り、今は小説やコラムを書くなどして毎日を過ごしている。それはそうと。昔あれほどまでに賑やかだった通りがナント、人の気配すらない。活気のない町を生き返らせるには、どうしたら良いのか。そう思った満は目を瞑ってアレヤコレヤと反芻するのである。
   と、なぜか真っ先に目に浮かんだのが母校の創設者が建設した瀧文庫の変わりようである。門には鉄鎖がかけられたまま。使いようによっては、市民のオアシスとして再生も十分可能なのに、なんということなのだ。一事が万事で、こんなことでは文化財が泣こうというものだ。ほかに高齢化の一途をたどる社会にあってお年寄り専用の巡回バスがあってもよさそうなものだが。どうやら、市民まつりの期間中など何らかの催しがない限り、これもなさそうだ……。

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(郷土の瀧文庫の周りを美しく、と有志市民の手で雑草除去なども行われた 撮影・たかのぶ)

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(労力奉仕のあとには、お月見会も開かれた 撮影・たかのぶ)=いずれも2017年9月30日

【14へ続く(不定期で連載していきます)】

著者・伊神権太さん経歴
元新聞記者。現在は日本ペンクラブ、日本文藝家協会会員。
脱原発社会をめざす文学者の会会員など。ウエブ文学同人誌「熱砂」主宰。
主な著作は「泣かんとこ 風記者ごん!」「一宮銀ながし」「懺悔の滴」
「マンサニージョの恋」「町の扉 一匹記者現場を生きる」
ピース・イズ・ラブ 君がいるから」など。

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